DJ-【コラム】米経済が異様な3つの理由 (2)
ただし、その間にインフレ率は1~3%の範囲で推移していた。つまり、2012年に正式に設定された目標値(2%)までインフレ率を下げるために、FRBが失業率を押し上げる必要はなかったのだ。これは、失業率とインフレ率の間にトレードオフの関係がないかのような印象を与えた。実際は全く逆で、FRBは遠慮なく失業率重視の姿勢を強められると考えていた。
ただし、このトレードオフ関係は消滅したわけではなく、インフレ率が適正水準だった時期にはそれほど重要でなかっただけなのだ。さらに数十年前には、このトレードオフ関係は非常に顕著だった。FRBは1973年と1981年、景気後退を誘発してインフレ率を押し下げた。
今もそのような状況になっている。指標にもよるが、食料品とエネルギー品目を除いたインフレ率は現在4~5%で推移している。供給が改善すれば多少は下がるかもしれないが、2%まで抑えるには需要の鈍化も必要だとFRBは考えている。つまり、失業率が上昇するということだ。従って強い経済データは、FRBの仕事が増えることになるため悪いニュースと言える。
金融不況に陥っていないので景気後退はない(今のところは)
1980年代以来の急激な金利上昇にもかかわらず、米国史上最も期待された景気後退はいまだ実現していない。
なぜなら、金利上昇による影響度は、それがどのように幅広く波及していくかに大きく左右されるからだ。1990年代~2000年代には、金融革新や規制緩和、グローバル化によって金融システムが脆弱(ぜいじゃく)になり、資産バブルとその崩壊が起きやすくなっていた。1999~2000年にFRBが金融引き締めを行った際、ハイテク・メディア・通信業界の株式と債券のバブルが崩壊し、それが企業の投資や雇用の足かせとなった。2004~06年の金融引き締めは住宅バブルを崩壊させた。それが住宅ローンのデフォルト(債務不履行)を引き起こし、壊滅的な金融危機を招いた。
そのような事態はまだ起きていない。セントルイス地区連銀が開発した金融ストレス指数は、これまでの景気後退時には急上昇したが、今は横ばいである。金融危機後のデレバレッジ(負債圧縮)と規制緩和により、金融機関は一段と保守的になり、脆弱性が低下している。株式や不動産の評価額も2000年や2006年のような極端な水準にはなっていない。家計と企業のバランスシートは、コロナ禍を受けて導入された景気刺激策のおかげもあり、比較的強固だ。
確かに、暗号資産(仮想通貨)相場の急落を受けて、交換業者FTXのような規制対象外のプラットフォームが破綻し、今週には、暗号資産業界向け金融サービスを手掛けるシルバーゲート・キャピタルが傘下銀行の清算方針を発表した。ただ、これらの事業規模は比較的小さく、それ以外の経済・金融システム分野とのつながりはほとんどない。
当然ながら、金融システム内にまだ爆発していない時限爆弾が埋まっている可能性はある。だがそれが爆発するまでの間、FRBは金利という手段だけに頼って仕事を成し遂げなければならないだろう。